夏休みを貰った今日、午前中に用事を済ませ、昼から気比の浜へGO!
既に、駐車料金も不要になってるし、人も少なくなってるのと、夕方からの
地蔵盆祭りのこともあるから近い気比の浜に行ってみた。
到着したら、既に風は吹いてると予測してたんだけどソヨソヨ。
1時間ほどした頃から、少し吹き始めてスタートするものの、吹くのも一瞬、
止むのも一瞬ってな感じで、それが3時くらいまで続いた。
結局、少ないとは言え海水浴の人達もいるんで、沖に出られないから
狭い範囲で乗って終了。
やっぱり、小天橋に行けば良かったかなぁ~。
で、今日は地区のクシティ・ガルバ祭。
ま、何てことはない、地蔵盆祭りのこと。
お地蔵様、つまり地蔵菩薩はサンスクリット語でクシティ・ガルバと言う。
クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」を意味し、意訳して「地蔵」らしい。
で、本来なら8月23日に行っていた地蔵盆祭りを、準備や片付けに携わる
地区の人のことを考え、数年前から23日に近い土曜日に行うようになった。
そして、当地区では昔から燈籠を飾っている。
いつの頃から始まったのか、今となっては分からないが、100年以上前から
行われているらしい。
この燈籠、以前は子どもらが地蔵盆の一週間ほど前から公民館に集まって製作し、
飾り付けをし、祭りの翌日に燈籠を川に持って行き貼り付けたりした和紙を洗い流し、
枠を片付けていた。
しかし、かなり前から子どもが少なくなり、子どもだけでは製作することが困難になった。
そこで、地区の大人たちも製作に加わるようになり、いつしか新しく作り直さず
使い回すようになった。
ここ数年、傷みや汚れが激しくなり見るに耐えなくなっていた。
それに、私も子どもの頃に作ったけど、すっかり作り方を忘れていたし、
作り方を良く知る高齢者が生きておられる内に教えてもらわねば、近い将来、
燈籠を飾ることもなくなってしまうように思えた。
そこで、区長や区の役員に働きかけ、今年から「燈籠保存会」ってなもんの
発足を認めてもらった。
で、1月から有志が月に1回くらい集まって、ようやく完成した。
そして、ついでと言うより、これが大変だったけど、我が地区で、いつ誰が、
どの様な経緯で、地蔵盆にこの燈籠を飾り付ける様になったかを調べた。
と言っても、地区内の高齢者にも知る人はなく、地蔵盆について様々な
文献を調べた。
ま、参考文献はWikipediaが多いけど、そこは突っ込まないでねぇ~っと!
ただ、枝葉まで調べる内に盂蘭盆の語源がイランであるらしいと言うことで、
調査の旅で中東まで行ってしまったではないかぁ~い。
で、出来上がったものは資料を合わせて50ページくらい。
空いた時間を見つけて作ったにしては、上出来なんでないかい???
で、地区の保存用に1冊と自分用に1冊、そして今夜の祭りで地区の人に
見て貰う用に3冊作った。
そりゃ、大きな祭りの立派な提灯や燈籠じゃないけど、限界集落目前の
小さな地区の祭り。
そんな小さな祭りでも、その伝統を守ることは大切なことである。
燈籠を眺めながら飲む酒は染み渡る・・・。